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僕ことのきぐちが運営する小説・レビューHP『Brilliant Blue』の日記別館です。
日々あった小さなことから真面目な考察、オタク的な話題まで、よろず記事にしています。
運営者がずぼらなので更新やレス返すのが遅かったりしますが、お気になさらずにごゆっくりしていってください。寂しがりなので些細なことでも声をかけられると小躍りして喜びますので、コメントもお気軽に。
本館と同様、ポレポレ行きましょう。
映画『テルマエ・ロマエ』レビュー
映画『テルマエ・ロマエ』公式ページ
時は古代ローマの時代。
公衆浴場(テルマエ)の技師ルシウスは、伝統にのっとった自分の設計を時代にそぐわぬものと一蹴され、ついには職を失う。
友人に慰められながら訪れたテルマエで、それ自体の退廃を感じたルシウスは、思案をめぐらせるうちに排水溝に引き込まれ、現代日本にタイムスリップしてしまう。
そこで出会った見たこともない“平たい顔族”。そしてその洗練された浴場のアイデアを自分の時代へと持ち帰ったルシウスは、一挙にテルマエ技師としての名声を得て、時の皇帝ハドリアヌスにも認められるほどとなる。
だが、ルシウスは知らなかった。それが、古代ローマ帝国、ひいては歴史そのものを揺るがす一大事になろうとは……。
『ウルトラマンサーガ』ネタバレ考察 〜偶然という必然により繋がっている奇跡〜
一つ前に書いた、『ウルトラマンサーガ』のキャラクターに関する、いろいろなつながりの部分は、ひと掘りすればすぐに重大なネタバレになってしまうので、今回ここに、それぞれに関してメモ程度に残しておこうと思います。
以下、ネタバレ注意。
作品レビュー『ウルトラマンサーガ』
「こちら地球防衛隊。誰か応答願います――」
無線機から聞こえる声は、今日もむなしく響いていた。
突如現れたバット星人に蹂躙され、ほぼすべての生物が消滅させられた地球。生き残ったわずかな子供と女性だけの地球防衛隊チームUは、ゲリラ的な活動でバット星人に立ち向かっていたが、絶体絶命に陥ったそのとき、赤と青の巨人――ウルトラマンダイナ――が彼女たちを救った。
M78星雲では、ウルトラ兄弟率いる宇宙警備隊が、無数の平行宇宙でさまざまな生命体を連れ去る円盤を目撃し、手を焼いていた。それら平行宇宙で活動していたウルトラマンゼロ、そして春野ムサシ(ウルトラマンコスモス)は、謎の声によって、バット星人の実験場となった地球へと導かれていく。
2年ぶりの新作となったウルトラ映画は、CGを多用してスペースオベラ的作風に挑戦した前2作から、ミニチュアワークスを復活させると同時に、初の3D作品としての試みがなされている。
映像面では、新進気鋭のおかひでき監督により、ともすればチープに見えてしまう特撮セットが、奥行きを重視した3D演出で迫力を持たせている。正直、3Dは違和感で目が疲れるだけというのが今までの3Dに対する自分の評価だったが、上映直前のスパイダーマンの予告と比べても驚くほど自然に、それが眼になじんできた。
また、それらばかりを前面に出すのではなく、展開によってアナログなミニチュアセットの特撮のみでそれを見せるという舵の切り方も納得させられたし、ビルの間からダイナが出てくる初登場シーン(ビルのガラスに映し出されるダイナ)や怪獣の動きに合わせて振動するオフィス、CGの巨大な怪獣と戦う際にはミニチュアのチープさを利用してウルトラマンのスケールを小さく見せるなど、巨大感を意識して挟みこまれるちょっとした部分の演出が、個人的には特にうならされた。
ストーリーでは、テレビのウルトラマンダイナ本編であるネオフロンティアスペースからやってきたタイガ・ノゾムが、チームUと並んで物語を引っ張る存在になる。
少し掘り下げるだけで重要なネタバレになってしまうので、表向きあまり書けないのが残念だが、『ウルトラマンダイナ』本編からの関係性や、同じく『ウルトラマンコスモス』本編、また、前2作の映画などともつながりを持たせていて、それぞれの登場人物がそこにいる必然性が明確になっているのが良かった。
当初は話題重視で演技の質を心配する声も聞こえたAKBのメンバーも、始まってみれば驚くほど自然に作品世界に溶け込み、この作品オリジナルのドラマの中核をになっている。
安易に“絆”や“奇跡”、“光”や“闇”という単語を使わないことを重要視したというのは監督の談だが、それぞれのパズルのピースがうまく合わさり、“必然”を感じる仕上がりだった。
それにしても、アスカの貫禄といったら…。あんなに頼りがいのある男ではなかったはずなのですが、いつの間にか主役メンバー中最年長のウルトラマンなんですよね…。
それともうひとつ。ハイパーゼットンの絶望感は素晴らしい。
今日は何の日?
今日という日は、あの未曾有の大災害が起こって、そして日本という国が、世界が大きく変わった、まさに“激動”の日からちょうど1年が経ちます。
閑話休題。
知っている人は知っていることですが、自分はある障がい者施設に勤務しています。重度重複の障がいを持つ方々が通所する施設です。
その、うちの施設に通所している利用者さんの中に一人、今日、誕生日を迎える利用者さんがいます。
その利用者さんは、誕生日を間近に控えた二週間前くらいから、施設内の掲示物などでそれに気付いた方に、よくこう言われていました。
「誕生日がとんでもない日になっちゃったね…」
たしかに、去年はプレゼントのカードを渡そうと思っていた矢先に震災が起こり、それどころではない状況になってしまったのを思い出します。
ですが。
そんな言葉を聴くたびに、その利用者さんがある変化を示していたのに、ある時気がつきました。
口をきゅっとすぼめて、何となくへの字に曲げて。眉間にも少ししわを寄せています。
“その日はとんでもない日なんかじゃない…!”
言語をしゃべることは出来ないで、話の理解は出来ているだろうけれど、どれほどまでかは分からない利用者さんではあるのですが、その顔は、確かにそう言っているように、僕には思えました。
“その日は僕の誕生日だ!”
と。それは無言の主張に他ならなかったのです。
たしかに、今日という日は1年前、とてもたくさんの方が亡くなられた悲しい出来事がありました。
そしてその災害は1年経った今なお、現在進行形で続いているものではあります。
世間一般として、今日はとても悲しい日。それは揺るがない事実です。
だけど、本当にそれだけでしょうか?
悲しげな利用者さんの表情は、そうではないことを僕に気付かせてくれました。
たまたま悲劇が重なったからといって、今日を悲しいだけの日にしてはいけない。
少なくとも今日は、僕の身近にいる一人の人間が、必死で今を生きている一人の人間がこの世に生を受けた素晴らしい日であるのは間違いありません。
震災よりもずっと前から存在する、その方の一年に一度しかない記念日です。
もっと言えば、この国、この世界にどれだけ、3.11という日に生まれた人がいるでしょうか? 誕生日だけじゃない、この日が結婚記念日の方々もたくさんいるはずです。
その方々にとって、やはり今日は“とんでもない日”ではないはずです。
今なお苦しんでいる人がいるのに不謹慎だ。
また、そういう意見もありましょう。
ですが、たとえそう言われようとも、自分はあえてここに高らかに叫びたいと思います。
3.11を誕生日に持つすべての方へ。
3.11に幸せな記憶を持つすべての方へ。
3.11 おめでとうございます!
あなたたちに、今日という素晴らしい日が訪れんことを。
じゅんちゃんさん主催angelaカバーライブ「Vivid Angela 〜彩り〜」
東京でライブ活動をしているじゅんちゃんさんが、「今回はangelaカバーライブやるぜ!」ということで、そういうことならば同郷のangelaファンとしていかねばなるまいということで、地元代表として(笑)日程組んで行ってきました。






